2010年07月07日
充実してきた大阪ガンダム学会
さて、月に一度のお楽しみ、大阪ガンダム学会の「Vガンダム研究会」に昨日参加してきました。それも今回はパネラーとして舞台の上に上がって話すことに(!)。準備は一応してきたものの、緊張で何も言えないんだろうな、と思っていたんですが話の引き出し方が上手な南半球さんにおまかせしていたら自然と喋れるようになっていました。
正直今回取り上げた第11話「シュラク隊の防壁」と第12話「ギロチンを粉砕せよ」はその後にある盛り上がる所へのつなぎ的な感じなので「はたして盛り上がるのかな?」と疑問だったのですが、「学会」の名の通り議論も出て充実して来たと思います。なぜなら
とても解りにくく
謎だらけだから(笑)。
色々突き詰めていくとリガミリティアもザンスカール帝国も実は元々の母体は地球連邦軍で、モビルスーツのテクノロジーの母体もどちらもサナリィ(F91を作ったところ)。敵対している両者が連邦vsジオンという解りやすい対立ではなく、内輪もめの意味を持っている可能性がある。ウッソもシャクティも偶然リガミリティアに同行したのではなく、何かによって仕組まれていたのではないか。等々。
これがVガンダムを最後まで見ることで謎が解明すれば何の問題もないですが、全然解明されないから本当にたちが悪い(笑)!だからこそ議論する楽しみがあるわけですが…。
そういえば僕が持っているVガンダムのLDに付属していたライナーノーツを読むと「試写室の憂鬱」という富野総監督の文がありまして(また「憂鬱」って!)、そこには…
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
Vガンダムは、ぼくにとって、何年ぶりかのTVの仕事であったために、肩に力が入りすぎたという反省がある。それに、自分の年齢を隠したいという意識が直結して、ますます厄介なものを抱えこんでしまったと自覚している。
こう書いてしまうのも、このVTRが発売されている現在も、作品の制作とオンエアは続行しているから、直接的な痛みをともなう反省となっているのだ。
だから毎週、フィルムの最終チェックと納品チェックをかねた試写は、憂鬱な行事になっている。
(略)
このフィルムが、きょう現在の最低レベルだ、といってしまうために、結局、ぼくの指揮する作品は、みんなに好かれるまでの作品には仕上がらず、主義主張という観念が先走ってしまうものになってしまう。
それが、作品としての感動を足らないものにしているのだ。
だから、結局試写室で、えらいゴツイものを作っちゃっているんだよねぇー、と嘆息(たんそく)するのである。
これが、冒頭に書いた問題点なのである。
でもね、こうやってビデオになったりすることを考えちゃうと、何度となく見てくれる人にたいして、
隙のないものを作りたいと考えてしまうのだ。
その強迫観念が、ぼくに、ロボット物というより、別の何かを見せたい見せたいと思いすぎる感覚をつきまとわせてしまうのだろう。
その別の何かというものが、なにか、は、わからないから、もっと面倒なのだが…。
その気分が、フィルムに出てしまうのだろうなーとは感じる。
いいことではない。
どうせ見てもらうなら、気持ち好く(きもちよく)見てもらえるものにしておきたい、というのが、理想なんだ。
本当にそう思って、ガンバッテいるんだけど、ぼくには、これしかできない…。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
いやーもうちょい隙を見せて欲しかったなぁー。完璧なまでに隙が無さ過ぎるんだもの(笑)。まぁ、これでなければ富野さんじゃない訳だし…。
正直今回取り上げた第11話「シュラク隊の防壁」と第12話「ギロチンを粉砕せよ」はその後にある盛り上がる所へのつなぎ的な感じなので「はたして盛り上がるのかな?」と疑問だったのですが、「学会」の名の通り議論も出て充実して来たと思います。なぜなら
とても解りにくく
謎だらけだから(笑)。
色々突き詰めていくとリガミリティアもザンスカール帝国も実は元々の母体は地球連邦軍で、モビルスーツのテクノロジーの母体もどちらもサナリィ(F91を作ったところ)。敵対している両者が連邦vsジオンという解りやすい対立ではなく、内輪もめの意味を持っている可能性がある。ウッソもシャクティも偶然リガミリティアに同行したのではなく、何かによって仕組まれていたのではないか。等々。
これがVガンダムを最後まで見ることで謎が解明すれば何の問題もないですが、全然解明されないから本当にたちが悪い(笑)!だからこそ議論する楽しみがあるわけですが…。
そういえば僕が持っているVガンダムのLDに付属していたライナーノーツを読むと「試写室の憂鬱」という富野総監督の文がありまして(また「憂鬱」って!)、そこには…
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
Vガンダムは、ぼくにとって、何年ぶりかのTVの仕事であったために、肩に力が入りすぎたという反省がある。それに、自分の年齢を隠したいという意識が直結して、ますます厄介なものを抱えこんでしまったと自覚している。
こう書いてしまうのも、このVTRが発売されている現在も、作品の制作とオンエアは続行しているから、直接的な痛みをともなう反省となっているのだ。
だから毎週、フィルムの最終チェックと納品チェックをかねた試写は、憂鬱な行事になっている。
(略)
このフィルムが、きょう現在の最低レベルだ、といってしまうために、結局、ぼくの指揮する作品は、みんなに好かれるまでの作品には仕上がらず、主義主張という観念が先走ってしまうものになってしまう。
それが、作品としての感動を足らないものにしているのだ。
だから、結局試写室で、えらいゴツイものを作っちゃっているんだよねぇー、と嘆息(たんそく)するのである。
これが、冒頭に書いた問題点なのである。
でもね、こうやってビデオになったりすることを考えちゃうと、何度となく見てくれる人にたいして、
隙のないものを作りたいと考えてしまうのだ。
その強迫観念が、ぼくに、ロボット物というより、別の何かを見せたい見せたいと思いすぎる感覚をつきまとわせてしまうのだろう。
その別の何かというものが、なにか、は、わからないから、もっと面倒なのだが…。
その気分が、フィルムに出てしまうのだろうなーとは感じる。
いいことではない。
どうせ見てもらうなら、気持ち好く(きもちよく)見てもらえるものにしておきたい、というのが、理想なんだ。
本当にそう思って、ガンバッテいるんだけど、ぼくには、これしかできない…。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
いやーもうちょい隙を見せて欲しかったなぁー。完璧なまでに隙が無さ過ぎるんだもの(笑)。まぁ、これでなければ富野さんじゃない訳だし…。
Posted by 天野"kevin"達也 at 00:05│Comments(3)
│Vガンダム
この記事へのコメント
これは良いライナーノートですね!
しかし第一巻でこの内容・・・正気か!w
Posted by ごんぼそ at 2010年07月07日 00:12
コレを見てやっとVガンを“ちょっとだけ”見たくなってきた(笑)
Posted by 大魔王 at 2010年07月07日 18:03
ごんぼそさん、コメントありがとうございます。
このライナーノーツはフィルターのかかっていない、生の富野さんという感じがしていいんですよ。でも第一巻で「憂鬱」って!オイオイってかんじですよね(笑)。
あ、ちなみにライナーノーツには執筆した日付がありまして「1993年8月15日 つまり、20話オンエアの後の日曜日。」とあります。第20話は「決戦前夜」、宇宙に上がったリガミリティアがカイラスギリー艦隊と戦う所ですね。
http://kconasu.otaden.jp/e92603.html
大魔王さん、コメントありがとうございます。
“ちょっとだけ”興味を持って頂けましたか。書き写したかいがありました!
Posted by 天野“ケビンコナス”達也 at 2010年07月07日 20:28
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